青い空











 











雲ひとつない晴天の日

 











真っ青な空の下

 











二人の少年は出会い

 











そして

 











友情が生まれた

 


































































































黒い涙白い月

 






































































































「たつぼーん!!!」


教室で弁当を広げようとしていた水野は、その声に深いため息をつく。


水野のことを「たつぼん」と呼ぶ人物はこの学校・・・いや、この世界にただ一人しかいない。藤村成樹だ。


「なんやまた一人で飯食っとるんかいな。ほら、早う屋上行くで」


「いいって。どうせまた俺の弁当横取りする気だろ?」


「まぁーたつぼん!ボンボンのくせになんて心の狭い!俺がそんな人間に見えるんか?」


「見える」(キッパリ)


「・・・ひどい;」


「で、本当の用件はそれだけじゃないだろ?」


「ホンマにないって!とりあえず、屋上で一緒に飯食おうや」


「・・・・・はぁ;」


水野はせっかく広げた弁当をまた包みなおして、シゲと一緒に屋上へ移動した。


雲ひとつない晴天の日。屋上で昼ごはんを食べるには、絶好の日和だ。


幸い、今日は誰もいない。いつもは風祭や有紀なんかがいるのだが、今日はグラウンドでサッカーをしているようだった。


「久しぶりやなぁーたつぼんと二人きりで話すの」


「そうだな。ほら、早く食えよ」


「さっすがたつぼん♪わかってるなぁー」


割り箸をパチンと割って、シゲは水野の弁当に手をつける。シゲはいつも、自分の弁当を持ってこない。彼いわく、作るのが面倒くさいのと、飯代がもったいないという理由かららしい。


水野も水野で彼の性格はもう何百年も前から知っている。今さら文句は言わなかった。


「俺たちがこっちの世界に来てから・・・もうどれくらい経つ?」


「なんや、向こうの世界が恋しゅうなったんか?」


「そういうわけじゃないけど・・・だいぶ慣れてきたなぁと思ってな」


「まぁそら人間何百年も生きてたら適応能力も高くなるわ。そや!昔話でもしてみよか?」


「昔話?」


水野がたまご焼きに手をつけたまま、動きを止めた。シゲから昔話を持ちかけてくるなんて、珍しい。


たいていそういう話は、お互い話さなかった。過去を振り返ってもしょうがないことだし、第一今までこんなゆっくりと話したことはこっちの世界に来てからまだ一度もなかった。


「シゲがそんなこというなんてな。なんかあったのか?」


「別になんもないで♪向こうの世界にホームシック中のたつぼんのために、昔を思い出させてあげよと思て」


「ホームシックじゃない!」


でもまぁ・・・。


悪くはないか、と水野はたまご焼きを口に含む。ふんわりとした甘みが口の中に広がった。


「こないな青空見てると、思い出すよなぁ・・・」


そう、確かに。


二人が始めて出会ったのも、こんな青空の下だった。

 

 





































































































父親による英才教育。帝王学から、なにから、幼い水野に父は厳しい教育を受けさせてきた。


生まれたときから決まっていた運命。なんど外の世界をうらやんだことか。


広すぎる家で、部屋で、たった一人、もくもくと勉強に励む毎日。まるで鳥かごの中に入れられた小鳥のように、水野の心は孤独を背負い込んでいた。


そして、その日も水野は束の間に与えられた休息を外の世界に恋焦がれることに使っていた。


透き通るような青空。雲ひとつない、晴天の日。


誰もが外に飛び出したくなるような今日の日でも、外に出ることは許されない。


いくら広い家があったって、いくら充分な暮らしができているからって、満足するはずがなかった。


友達と一緒に駆け回る子供たちを見ながら、水野は一人深いため息をつく。思えばこのころから、ため息をついていた。


自分もあんな風に、外を駆け回れたら。友達と呼べる存在がいたら。どれだけ幸せだったろう。


こんな役にも立たない勉強をしても、回りに人がいないんじゃ、なんの話にもならない。


幼いながらに、水野はそのことに気づいていた。


父親はそのことに気づいていない。いつも無駄な知識を叩き込むだけ。


まったく無意味だ、こんな人生。


そのとき。ふと、窓際に一人の少年が立っているのが見えた。


金色の髪が風に揺れ、少年はただ黙って水野を見上げている。なにもせず、ただじっと。


水野も不思議に思って、少年のほうへ目線を移した。見たところ、年は同じくらいだ。いや、少し上だろうか。どちらにしろ、同年代の人と目が合うなんて、初めてのことだった。


どうしていいかわからず一人戸惑っていると、風のように少年は窓際から姿を消した。


他の子供たちのように遊びまわるわけでもなく、一人遊びをしているわけでもない。


その視線は、確かに水野へ向けられていた。


「なんだ・・・?あいつ」


ボソっと独り言をつぶやいた瞬間、部屋のドアがノックされた。はい、と無機質な声で答える。


「ぼっちゃま。お勉強の時間でございます」


執事が恭しく礼をしながら、残酷な言葉を告げた。わかった、と静かにうなずいて水野はまた席に着く。


あの少年はなんだったんだろう。金色の髪なんて、めずらしい。どうやったらあんな風になるんだろう。


なんだかすごく・・・気にかかる。


ペンを走らせながら、水野の頭はさっきみた少年のことで埋め尽くされていた。


そして、それから数日後。思わぬ客が訪れることになる。


いつものように休憩の時間、外の世界を見ていたら、窓にコツンと何かが当たった。


「なんだ?」


不思議に思って、窓を開けてみる。今日も晴天。雲ひとつないいい天気だ。


風に吹かれて、ごみでもあたったのか、窓の外には誰もいない。


「気のせいか・・・」


そう思って窓を閉めようとしたそのとき。下のほうから声がかかった。


「おーい!ここや!ここ!」


独特なイントネーション。びっくりして下を見ると、そこにはこの前見た金髪の少年が立っていた。


「あ、え、えーっと・・・」


水野の部屋は4階。しかも、少年が立っている裏庭は完全に水野家の敷地内だ。


不法侵入という言葉が頭をよぎった。


「なぁ!お前、名前なんていうんや?」


「・・・・・・・」


「なぁって!」


水野が返答に戸惑っていると、少年はふっと笑みをこぼして自分を指差した。


「俺は藤村成樹いうねん!シゲでええよ!お前の名前はー?」


勝手に人の家に上がりこんできたのに、やけに堂々としているシゲに、半ば圧倒されながらも、水野ははっきりと答えた。


「水野、竜也・・・・」


「竜也、か!ほなたつぼんやな!」


「た、たつぼん!?」


「お前ボンボンやろ?せやからたつぼん!」


「ち、違う!」


「間違うてないで!こんな立派な屋敷に住んどって、貧乏なんてありえへんもん!せやから、たつぼん!な!」


水野はどんどんシゲのペースに巻き込まれていくのを感じた。家の者以外の人と接したことがない水野はこの状況に対応できるほど、まだ大人ではなかった。


「なぁ、たつぼん!俺もっと近くで話したいねんけど、降りてきてくれへん?」


「え、でも・・・」


外には出られない。父親にそう命令されている。


逃げ出そうとしたことは何度もあった。けど、その度に足がすくんで動けなくなる。


あと一歩のところで、外に飛び出す勇気が出せなかった。


「たつぼん!」


太陽のように、にっこりと笑うシゲ。その明るさに、水野の中で何かが固まった。


「い、今!そっちに行くから!」


窓を開け放したまま、水野は勢いよく部屋を飛び出した。目指すは、シゲの待つ裏庭。


自分の家なのに、ちょっと冒険しているような気分になる。とても不思議な気持ちだ。


息を切らせて、裏庭へ入ると、にっかしと笑うシゲの姿。思わず水野にも笑顔がこぼれた。


「たつぼん、いっつも部屋の窓から外見とったやろ?」


「なんでそれを・・・」


「俺な、この近くに住んでんねん。せやから、たつぼんのことも結構前から知っとったで」


「そうか。あ、あのさ!」


「ん?なに?」


「その髪、生まれつきなのか?」


「ぷっ!くっくっくっくっく!!!たつぼん!それホンマに言うてんのか?」


「え?なんかおかしいこと言った?」


「天然もいいとこやわ!あーおかし!」


目じりに涙をため、腹を抱えて笑うシゲに、水野は困った表情を見せる。そんな水野を見て、シゲはまた太陽のように笑った。


「よっしゃ、たつぼん!俺がお前にいろんなこと教えたる!」


「いろんなこと?」


「せや!お前はもっと世の中を見なあかん!俺が楽しいこと、たくさん教えたるさかい!」


「ホント!?」


「あぁ、ホンマやで!ホラ、早う来いや!」


「うん!」


シゲから差し伸べられた手をとり、水野は初めて屋敷の外に出た。


青い空、暖かい太陽。何もかもが新鮮で、優しく感じられた。


二人はまだ、これから来る対峙の時も知らず、笑顔で外の世界を駆け回る。


水野にとって初めての友達は、そのまま親友となった。

 

 









































































































「あんときのたつぼんは素直なええ子やったなぁー・・・」


「どういう意味だよ。っていうか、いい加減その呼び方やめろ」


「ええやん、今までこの呼び方やったやろ?」


「・・・・・・」


「そないふくれっつらすんなや!たつぼん!」


「だから!」


水野はすっかり空になった弁当箱を丁寧に包みなおす。そして、小さなため息をついた。


シゲとはもう何百年もの付き合い。頼れる親友。であり、外の世界を教えてくれた恩人。


だから、今日くらいは許してやろうか。


「たつぼん」


そう言って俺に手を差し伸べてくれたのは――

 



















シゲがはじめてだったから。